不動産(収益物件)をお持ちのシニア世代は数多くいます。家賃収入は生活費の補塡にもなり、有効な資産なのですが、高齢になるにつれて物件の管理や空き室の対応などが大変になってきます。できるだけ長く保有しておきたい場合は、どのようにすれば良いのでしょうか。
今回は収益物件の管理、民事信託の活用法についてお伝えしていきます。
事例をもとに
今回は事例をもとにお伝えしていきたいと思います。
<事例>ご相談者Gさんご夫妻(40代:自営業)
同居しているお母様(80歳)が所有するアパート(収益物件)があります。家賃収入を得ているのですが、管理や事務作業など、母が高齢になるにつれて大変になってきました。今後はGさんご夫妻に管理等を任せたいと考えています。
Gさんご夫妻もお母様が最近、物忘れが多いことを心配し、この収益物件について、どうすれば良いか悩まれてのご相談です。先ずは収益物件の状況や家賃収入などをお伺いし、物件の価値などを不動産屋さんに簡易査定してもらいました。
収益物件の管理
先ずは収益物件について確認しておきます。
- 収益不動産(収益物件)
個人や事業者に物件を貸すことで、毎月の賃料収入を得る目的の不動産のことを指します。同じ居住用物件でも、自己利用目的のマイホームと賃貸目的の収益不動産は区別されており、収益不動産の購入には住宅ローンは利用できません。不動産投資ローンと住宅ローンは異なります。
事例の収益物件は既にお母様がローンを支払い終えていましたので、債務はありませんでした。そこで、この不動産の権利(名義)をGさんご夫妻に移すにはどうすれば良いのでしょうか。ご家族間なので無料で引き渡しができそうと考えがちですが、それはできません。収益物件はお母様が所有する財産なので、Gさんご夫妻に渡す場合は「贈与」になり、贈与税がかかってしまいます。
もしくは、収益物件を「売買」することも考えられます。 お母様からGさんご夫妻が収益物件を買うということになると、売買手数料や登記変更など、そこにも費用は発生してしまいます。そして「相続」です。お母様が亡くなられた後、Gさんご夫妻が相続することはできるのですが、今回のように生前に収益物件を渡したいとなると相続は候補から外れます。このように、収益物件の管理を他の人に任せたいとなっても、権利を移すには費用がかかってしまうのです。そこで、活用されているのが「民事信託」です。
民事信託の活用法
民事信託、最近では家族信託とも言われていますが、その内容について確認しておきましょう。
- 民事信託とは
財産の管理や運用、相続について信頼できる特定の人に任せる委託契約のこと。民事であるため、信託商品や投資信託のような信託銀行が営利目的で行うものではなく、信託報酬の対象にはなりません。2006年(平成18年)12月、高齢化の加速をきっかけに信託法が改正され、民事信託への活用も増えました。民事信託と同様に、高齢者や認知症者、障がい者などに対する財産の管理や重要な手続きを支援する制度として「成年後見制度」があります。しかし、成年後見制度は民事信託と比較して、手続きが煩雑で柔軟性もあまり高くありません。そのため、より自由度が高く、財産の管理や相続が可能な民事信託がここ数年で注目を集めています。
- 民事信託の仕組みと登場人物
民事信託の仕組みは、委託者(財産の所有者)が受託者(財産の管理人)に財産を預け、受益者(利益の受取人)が財産から発する利益を受け取ります。委託者と受益者が同一人物で、財産の管理や運用のみを受託者に任せて、利益を受け取るケースもあります。また、受託者と受益者を複数の人に設定できることも特徴です。
今回の事例では、Gさんご夫妻が受託者となり、お母様は委託者でもあり、家賃(利益)を受け取る受益者にもなりました。そうすることで、収益物件の管理や売買などもGさんご夫妻ができ、家賃収入はお母様がこれまで通り受け取ることができます。
契約については民事信託に詳しい司法書士さんをご紹介し、公正証書で作成していただきました。費用は不動産名義変更など入れて50~80万円くらいとなりました。この費用を高いと感じるかたもいるのですが、不動産の権利等を贈与や売買で行うと、さらに費用はかかりますので比較検討して頂けると良いのではないでしょうか。
最後に
収益物件の管理について、民事信託を活用し、Gさんご夫妻やお母様のご不安を軽減することができました。その後、お母様の物忘れや体調不良は進んでしまった為、早めに対策をたてておいて良かったとGさんご夫妻は仰っていました。
事例のような収益物件でなくても、親御さんが暮らしている実家を売却して病院や介護施設の費用にあてたい、という場合も勝手に売却することはできませんので、同様に対策をとっておく必要があります。不動産(収益物件や実家)の管理や民事信託の活用法を参考にしていただければと思います。
筆者:藤井亜也(CFP/FP1級)